ご遺体搬送ドライバーが得るものは?
葬儀屋、はじめました。③
「死ぬほどゆうれいが怖かった男が、霊柩車の運転手になったのは……」(後編)
語る人=水野昭仁(さくらセレモニー代表)
インタビュー・文=朝山実
中編☞「孤独死」に立ちあう、搬送ドライバー
前篇☞葬儀屋ですけど、怖がりだったんですよ。
単身生活者が自宅で亡くなった場合、発見が遅れると遺体が傷んでいることがある。そうした遺体の処置をして運びだすのは「お迎え」に行った、搬送車のドライバーの仕事だとされている。気にかかったのは、そういう特殊なケースだと、ドライバーに割り増し手当てが支給されるのかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。
──「自宅死亡」とか事故とかのご遺体を搬送する場合は、割り増し手当てみたいなものはドライバーに支給されたりしないんですか?
「つかないですよ」
──まったく?
「まったく、です。会社が請求する運賃も、基本のものと同じですから」
──精神的な負担もあるケースなのに、割り増しの請求もない?
「ないです。葬儀屋さんによっては『特別処置代』とか言うて、もらうところはありますよ。でも、ボクが勤めていたのは葬儀社ではなくて、ご遺体の搬送会社(霊柩車、寝台車)でしたから、料金の計算は距離でいくらなんです。
(会社が)仕事を受けるのも葬儀屋さんからで、(発注主の)葬儀屋さんによっては、たまに『今日は大変やったからミズノ君、これな3千円あるから、とっとけよ。メシでも食うて帰ったら』と言うて渡されることはあります。
でもね、ここで『ありがとうございます!!』て、ポケットに入れてしまったら、これがあとあとエライことになるんですよ」
──会社に報告しないといけない?
「そうです、そうです。でもね、なかには自分のモノにするやつもいててね、たとえば葬儀社の社長さんが、『ミズノくん、これ黙っといたるからな』というのを鵜呑みにして、会社に申告しなかったとするでしょう。そうしたら、たまーに、その社長がね、会社にやってくるんですよ」
──やって来て?
「『社長、この前な、おたくのミズノくんに、今日はエライ大変やったから言うて、これでメシ食えやいうて3千円渡したんや』って、報告しよるんですよ(笑)」
──はははは。
「コワイでしょう(笑)。
もちろん、わざとですよ。
ですから、もらった3千円は、会社では寸志とみなされて、一旦会社に納めないといけないんです。会社は、それを貯めてみんなで旅行行ったりするときの資金にしたりするんですよね。
そこできちんと申告していると、『アイツは、あっちからもこっちからもようもらってきよるな』というんで、仕事ができるヤツや、となるんです。
ひっかけた社長もね、そういうところで人を判断するというか。逆に一回でもポケットに入れようもんなら、一生『おい、3千円』とか言われますからね(笑)」
──不思議なのは、聞くほどに大変な目をされていて、仕事の内容が搬送料金には反映されないことのほうですね?
「さっきも言いましたけど、基本的に、ご遺体搬送の料金体系は距離なんですよ。まあ、時間の要素もあったりはするんですが、だとしても、ご遺体の状態がどういう状態であるのかは関係しません。内容にかかわらず、距離によって金額が決まる仕組みになっています。
だから中にはね、長距離手当てが出るのを目当てに、そればっかり行きたがる運転手もおるんですけどね」
──その手当てというのは?
「長距離搬送と言うて、遠方までお迎えに行くと距離が出るので、会社としてもオイシイ仕事なんですよ。そのときは運転手にも手当てが出るんです。
ただ、搬送の会社はそうでも、葬儀屋さんによっては『特別処置代』ということで、お客さんからもらうところはあります。それもね、いまのウチの会社に関していうと、特別処置代はもらったことはないです」
──ミズノさんが経営している葬儀社が、そういった請求しないのはどうして?
「結局、お家の人の負担になるでしょう」
──まあ、そうですね。
「ここ、よーく考えてみてくださいね。
数ある葬儀社の中から、お客さんが何でウチに来られるかというと、第一の理由は、安いからなんですよ。他所で高く言われて、最後の神頼みみたいにして頼ってこられる人が多いんですね。
自宅で亡くなられる場合、お金のない人が多かったり、あるいは身内がいない人が多いんです。つまり、請求しようにも、出来ない、と言うたほうが早いかもしれない」
──ミズノさんのところは請求しないとして、請求する業者もあるんですか?
「それはありますよ。たとえば家の人が『この臭い、すごいんで何とかしてもらえませんか』と言われたとしますよね。
ご遺体専用の消臭する薬があることはあるんですよ。ほかにもまるまる包んでしまうシートみたいなものとか。そういうのを案内して、『5千円するんですけど、購入されますか』と言ったとしますよね。
でも、そういう亡くなり方をされる人の場合、多くは火葬のみが多くて。ときには、身内もいなかったりするし。なによりウチに来られる人は、『ここやったら、なんとかしてくれると聞いたんで』と言われることが多いですから。
たとえば、『特別処置代でプラス何万』とか言うたとしますよね、その場で『他所を当たるわ』ってなりますから。ですから逆に、応対していて、この仕事どうも気が進まんなぁ、引き受けたくないなと思うたら、わざと高くふっかければ、お断りできるというか」
──ある種、駆け込み寺なんだ。
「そうですね。だからそんな駆け引きしてもしようがないし、それより早うホトケさんを何とかしたらんと思いますよ。
あれ、きょうはこういう話でよかったんだっけ? いい? そうなんですか。
あ、そうか。なんでボクが霊柩車の運転手になったのかでしたよね」
──脱線してもらうのはいいんですよ。ところでミズノさんは、そういう大変な現場を経験してこられて、仕事を変わろうとは思わなかったんですか。
「会社を辞めようと思ったことはありましたよ。でも、仕事を辞めようとは思わんかったですね。
なんで?
ボクが何でこの仕事をやっているかというと、いま亡くなっていく人たちというのは、戦後や戦時中に大変な時代を過ごしてきて、いまの国があるのはこの人たちのお陰やという思いがあって、いまジブンがこの人たちに何ができるかというと、これしかないかなぁという。そういう思いもあるんですよね。ボクが言うと、らしくないんですけどね(笑)。
あれ、この話、前に話したことありましたよね」
以前、今回のインタビューとは関係なく、何かの折にミズノさんがきまじめな顔つきで「戦中世代や戦後の復興を支えた人たち」について話すのをワタシも記憶していた。このひとは本当に腹の底から思って話しているんだろうか。しげしげ顔を見つめていた。ルックスに反し、あまりに優等生すぎるんだもの。そもそもワタシはきまじめな話が苦手なのだ。が、あのときミズノさんはというと、きまじめなまま視線をそらさなかった。
──それは葬儀の仕事についてから、そう思うようになったということですか。
「うーん……霊柩車の搬送の仕事をするようになってからかなぁ。
ぜんぜん知らない人たちだけど、なんかの縁でこうしてお迎えに行くことになったんやろうし、これは何か意味あるからやっているんやろうなぁ。というふうに考えるようになったのは、この仕事をするようになってからですね。
それまでは、自分さえよければいい。そういう考えやったからね。ほんまに(笑)。
なんや格好つけているように聞こえるかもしれんけど、それに、自分さえ良かったらでは、仕事していても、まわりの人間、誰もついてこないやろうしね」
──ところで、ミズノさん。オバケが怖いというのは、どうなったんですか?
「吹っ飛びましたね。だって、亡くなっている人がもうそんなんでしょう。この仕事をしていたら何度もホラー映画に出てくるような死体に出会うこともあるんですから、怖いとかイチイチ言うてられへんよね。
でもね、なかには、まあ、ココちょっと気持ちわるいなぁと、何となく気配みたいなものを感じることはありますけどね。それでも、ご遺体に関わっていて、怖いとか思うことはないです。
そういえば、トラックの運転手をやっていたときの会社の人が、『ミズノ君が霊柩車なんて、すぐに辞めると思うてたのに、なんや会社まで立ち上げたんやなあ』と言われたんですよ。何があったんや。そんなに儲かるか?って。ふふっ」
──怖さが吹っ飛ぶほど儲かるんかと。
「そうそう(笑)。ボクがこんなんでしょう。みな、そう思いますよね。話を戻すと、まあ、そんなんで安易な気持ちで入ったのがいまに続くということなんですけどね」
ミズノさんがハローワークで見つけたご遺体搬送の会社は、ドライバーだけでも常時30人近い、地域でもトップ3に数えられる大手だった。そこで経験を積んだ後に、独立。仲間とともに寝台車と霊柩車を保有する搬送会社を起こし、さらには搬送部門を有する葬儀社へと会社を拡大させてきた。
独立するにあたっては、古めかしく寡占的な業界だけに、少なからず難関はあったそうだ。さしたる後ろ盾もない若造が、独占市場の中で、小なりとも新たな旗を立て、搬送の単体部門から総合的な葬儀社へと業務を拡張してきているのは、彼自身が「革命的な出来事」と自負するほどに異例な出来事だったらしい。
──ミズノさんのところは現在、葬儀社としてやっておられる一方で、寝台車や霊柩車を持たない小さな町の葬儀社さんから、ご遺体搬送の仕事も受けておられるんですよね。
「そうです。競合他社さんから、同業者であるウチになんで仕事が来るのかということですか?
それは、まず価格が安いからです。あとは気心知れていて、搬送だけでなく葬儀のことも知っているし、ダンドリがわかっているので任せておけるし。ほぼ一度仕事したことのある葬儀社さんは、間違いなくウチを指名してこられます。
そうかと思えばね、『おまえンとこは葬儀社やからなぁ』と毛嫌いする葬儀社さんもいらっしゃいます。なんで競合する相手をわざわざ儲けさせないかんねんと(笑)。
しかし、言うたらなんですが、そういうところには如何せん仕事があんまり入ってない。小さいところは互いに支え合っていかないといけない時代ですから」
──支え合う。なるほど。それはそうと、ミズノさんが体験してこられた、病院で亡くられる方以外の、特殊なご遺体を扱うことは、お迎えの仕事をされていると必ず出会うことではあるんですね。
「そうですね。ウチの社員はみんな経験していますし、嫌がるやつもいないです。『今日、ひどいかもしれへんけどな』と事前に言うたりはしますけどね。新人の場合は、ボクとかベテランが誰かがついていきますし」
──それが務まらないと葬儀の仕事はできない?
「いちおう、これが出来てプロやというのがありますからね」
──近年「小さなお葬式」というネットで葬儀社を紹介する会社が、メディアでも取り上げられるなどして伸びていますよね。サイトを覗いてみると、パリッとした若いスタッフ全員の顔写真が並んでいて、アパートやマンションの案内をしているサイトとそっくり。小綺麗なイメージで、ミズノさんが話されている現場感がなくスッキリとしているというか。
「うーん、あの人たちは施行はしないですから。すべて電話のやりとりですから、すごく簡単に言いますよね。『ご自宅で亡くなられたみたいです』って。
そういうとき、ボクらもね、担当者に『腐敗していますか』みたいなこと聞かないですし。聞いても実際、わかってないでしょうし。家の人もまず、申し込みのときには、そういうことは伝えたがらないでしょうから。
なんでかというと、これ言うたら葬儀代が高くなるんやないか。そう思うからなんでしょうね。心理としてね。
ただ、こちらは、ある程度の情報は知っておきたいので、家の人に電話して『いま、どういう状態ですか?』とうかがいます。警察が来て、いま、こうこうです。『亡くなられたのは、今朝ですか?』。いえ……とクチをにごされたら、『この時期なんで、虫かとわいていますか』って聞いていくんです。
『わたしも見られてないんで』ということなら、これは相当わるいなぁという。ちょっとずつね、聞き出しながら準備していくんですよね」
──状態によって用意するものがちがう?
「違いますね。例えばアパートの二階だと聞いたら、小さな担架を持っていくんですよ。普通のものより一回り小さなのがあって、ホトケさんを乗せて小回りもできるんで。そういうのを用意したり、台車をもっていったり。棺を持ち込んで、冷蔵庫を運び出すようにして立てて運んだりね。狭いところを工夫してやらないといけないんです。
そうなってくると、ご遺体ではあるんですが、もうモノになってしまう。申し訳ないなんだけど。でも、お家の人も、ホトケさんに何しとんねん、とは言わないですね。
もう、なんとかしてこの家から出してもらえたら。そういう状態なんでね。
あとは、夜中なのか、日中かで、作業の仕方も変わってきます。夜中はひと目につかないぶん、音を立てられへんし。昼間は野次馬が集まってくるし」
──お迎えの車は、どの場合も寝台車なんですよね。
「そうです。お家の人は、近所に知られたくないから、いかにも葬儀とわかる格好じゃなしにフツウの格好で来てくださいと言われたりもしますね。どっちにしても、わかるんですけどね」
──服装はいつも白衣?
「青いブルゾンがうちの制服で、それで行くときもあります。まったくわからない格好で来てくれと言われることもありますけどね。はぼ白衣が一般的ですね。ウチに限らず。
白衣だと汚れても、洗えばいいんで。血をかぶったりしても洗濯してまた使えますし。
余談ですけど、ウチの白衣ね、一着8千円するんです。ええ、ちょっとジマンというか、フツウのよりもちょっだけ高いんです(笑)。
お医者さんのドラマで使われていたのと同じものらしいんですけど。素材もしっかりしていて、ちょっと格好いいんです。どーでも、いい話ですけどね」
──病院へのお迎えも、同じようにその白衣で。
「そうです、そうです。業界的に、どこの会社もいまは白衣ですね」
──白衣だとお医者さんと間違われませんか?
「まあ、わかりますね。雰囲気でね。一度もセンセイと呼ばれたことないですし(笑)。聴診器でもかけとったら、まあ、別かもしれんけど」
イラストレーション© KUM
写真撮影©山本倫子yamamoto noriko