葬儀屋が語る、アカン葬儀社

葬儀屋、はじめました。②

“病院にお迎えにあらわれたのが一人きりだったとしたら…”

「ボクが、独立して葬儀社をはじめた理由」(前編)


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語る人=水野昭仁(さくらセレモニー代表)

インタビュー・文=朝山実

 


【語り手のミズノさんは、関西のローカルタウンで、寝台車(ご遺体を運ぶ専用車)と霊柩車の搬送部門を起点に、葬儀全般へと業務を拡張していった。設立5年目、社員8人の葬儀社の社長さん、44歳です。
 聞き手は、人物ルポや作家インタビューなどを30年近く続けてきたライターで60歳。ふたりの出会いは6年前。父の葬儀で、ミズノさんが運転する霊柩車の助手席に白木の位牌を抱えて坐り、火葬場までの30分ほどの間、ワタシが偏屈だった父のことを話し、ミズノさんの職歴を聞いたりしたことからでした。
 霊柩車の運転手になる前のミズノさんは、長距離トラックの運転手をしていて、遡れば母方の祖父は葬儀屋さんだったとか。「継ぐ気はないのか」と訊かれた二十歳前後のミズノさんは「うーん、やめとくわ」と断った。その後、職を転々とし、いまは「天職かもしれんですね」と弔いの仕事について語る。話し方や声に興味を覚えたのが、このインタビューを思いたった理由です。】

 さて。連載2回目は、風呂に入るにもアイホンを近くに置いておくというミズノさんが電話を受けてからの仕事の流れを聞きました。

「まず電話がかかってきますよね。事前相談をされていた人と、飛び込みの人。料金がいくらになるか教えてほしいという人。おおまかに三つのパターンがあります」

「事前相談」というのは、近い将来、葬儀を行うだろう家族が、その日のことを考えておくケース。ひと昔前なら「縁起でもない」とためらわれたものだが、インターネットなどでお葬式の料金の明瞭化が進むとともに、相談件数も増えている。とくに「葬儀会館の下見をしたい」という要望が多いそうだ。

「飛び込みのケースでいうと、かかってきた電話に出ますよね。『病院の人から、葬儀屋さんは決められていますか?と聞かれたんで、いま電話させてもらったんです』と言われる。そこから始まります。たぶん、これが一般的で、アサヤマさんも、お父さんのときはそうだったんじゃないですか」

 言われてみたら、父の葬儀のときは病院に置かれていたタウンページから選んだ。老人介護施設に入院していたが何も準備などしていなかったので、広告の中から近隣に絞り、大きな広告より小さなものを。ライターの習性なのか、仕事にとりかかる「ひとの顔」が浮かんできそうな文面を目安にした記憶がある。

「あとは、家が近所で、前々からうちの会社のことを知っていたからと言われるケース、インターネットで調べられてというの。それと『小さなお葬式』というネットの紹介会社を経由のものですね」

 ちなみにミズノさんが一番嬉しいと感じるのは「○○さんに聞いたんです」というケース。以前、葬儀を執り行なったひとからの紹介だという。

「なんで?って、前にウチでやって良かったと思っていただけたんだということですよね。そうでないと、人に紹介とかしないでしょうから。あとは近所やからというの」

 仕事を始めて5年目。「近所やから」というのはいくぶん安易な響きに聞こえるが、地域に認められてきた証でもある。

「それで、ご遺体をお迎えに行くことになります。病院の場所を聞き、何時に伺いますと返事して、寝台車で行きます」

 ささいなことが、このとき寝台車でのお迎えがドライバー「一人」きりなのか「二人」連れかで、葬儀社の仕事に対する姿勢がうかがい知れるとミズノさんはいう。

「基本は、二人です。ウチは必ず二人でお迎えに行きます。ただ、これ、言い方が難しいんですが、業者によっては、金額が出ないとなると一人になるんです」

 現在の会社を起ち上げる前、寝台車と霊柩車の運転手をしていたミズノさんが独立を考えるようになったきっかけは、この一人か二人かに深く関わっていた。

「まだサラリーマンやったときに、お金が出ないとわかると、『ひとりで迎えに行ってくれへんか。会館で用意して待っているので』と言われることが多かったんですよ。
 一人で寝台車でお迎えに行くと、病院の看護士さんから『お一人ですか?』と言われるんです。それって、イヤミなんですよ。二人で来るものやのに、一人なんやね、と。
 一人のときは、看護士さんに『すみません。足元お願いしていいですか?』と頼みます。嫌な顔されたりするとね、軽いお婆ちゃんだったら、黙って、お姫様抱っこしてました。でも、ふつう、ご遺体は一人じゃストレッチャーに移せないですから。
慣れてくるとボクらもね、舌打ちとかされるようだと、『すみません。あ、いいです。ご家族の方にお願いしますんで』と言う。あわてて『ああ、持ちます』となるんです」
 
 ククッ、とミズノさんが笑った。不謹慎かもしれないが、よくある光景らしい。もし伊丹十三さんが存命で、耳にしていたら、『お葬式』の映画の中に取り入れたにちがいない。ミズノさんはすぐにキマジメな口調にもどして話をつないだ。
 
「そこでね、ボクが思うのは、葬儀屋たるものは一番最初のお迎えが肝心やと思うんです。それやのに、我がところの人間じゃない、委託している人間に、お客さんとの最初の対面を任せてもエエんかということです」

 説明を加えておくと、故人の家族が葬儀社に電話した際に「うちの寝台車が行きますから」と答えはするものの、葬儀社から依頼された寝台車の会社のスタッフである場合がある。零細の町の葬儀社だと、自社で寝台車や霊柩車をもたずに、仕事が発生する都度クルマの手配をすることが多い。構造としては、寝台車のスタッフは「下請け」にあたる。お迎えのときに、肝心の葬儀社の姿はないこともあるそうだ。

「いい業者は来ますけど。アカン葬儀屋は、来ないことがあります」

──そういうとき、寝台車の運転手さんは、初対面のご遺族に、なんて名乗るんですか?

「○○葬儀社です、といいます。ボクらは、その葬儀屋さんの依頼で仕事をしているので、その葬儀社の一員にならないといけないんですよ」

 脳裏に浮かんだのは、建設業界の元請け下請けの関係だ。ゼネコンの例を持ち出さずとも、フリーのライターをしていれば、仕事ごとにワタシだって「週刊朝日」の記者になったり、「週刊現代」の記者になったりする。フリーの名刺を差し出しても、雑誌の名前を名乗れば大手の新聞社や出版社の人間だと勘違いされるのはしばしばだ。葬儀業界も似たようなものなのだろう。

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イラストレーション© KUM
写真撮影©山本倫子yamamoto noriko


後編につづく