「孤独死」に立ちあう、搬送ドライバー

 葬儀屋、はじめました。③

「死ぬほどゆうれいが怖かった男が、霊柩車の運転手になったのは……」(中編)

 

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語る人=水野昭仁(さくらセレモニー代表)
インタビュー・文=朝山実


 ご遺体を搬送するドライバーに転職する前、ミズノさんは4㌧トラックで食材のルート搬送をしていた。先日からの、コワーイ体験のつづきです。
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 事前にお話しておきますと、後半、仕事の現場をご理解していただくうえで、ご遺体の情況についての記述があります。表現に配慮はしておりますが、その旨ご了承ください。


「考え抜かれたルートだけにね、やはり前後を入れ替えるとうまくいかないんですよ。といって、オバケは怖いしね」

──その問題の店舗に立ち寄ると、体調が悪くなるというようなことは?

「ああ、それはないんです。ただただ、もう怖いだけ。
 会社の上司に言うと、
『オマエ、よっぽどなんやんやぁ』
『はい。子供の頃からもう怖がりで、夜中にトイレに行くにも、妹を起こしてたくらいなんですよ』だから、もう耐えられません。辞めさせてください言うたら、

『ああ、わかった、わかった。オマエがそこまで言うんやったら、大型免許を取ってきたら大型トラック(10㌧の長距離)に乗せたるわ』と言われたんです」

──それで大型トラックに乗るようになったんですか。

「そうです、そうです。でも、これはね、後々になって聞いたんですけど、
『ミズノ、オマエが怖がっていた店あったやろう。あれな、二軒とも、店閉めたわ』って。
 おかしいのは、二軒とも売り上げじたいはすごいよかったんですよ。にもかかわらず、閉めたって。ハハハ。何があったのか詳しい理由は知りませんよ。でも、繁盛していた店を閉めるってねぇ…」

──はははは。

「でね、横道の話が長くなりましたが、トラックの方の会社の人間は、だからボクが極度の怖がりやというのは知っていたんですよ。それで、辞めたあとに挨拶に行くでしょう。
『ところでミズノ、ウチやめて行くとこ決まったんか?』
『ええ、霊柩車の会社なんです』
『ええっ!? 大丈夫か、オマエにつとまるんか』
『でも、死体というても棺に入っていますし』って言うたんですけど。もう呆気にとられた顔してましたけどね。

 ヘンですか?
 まあ、そんなんですから、霊柩車の会社に勤めるというのは、深く考えて決めたことではないんですよ。給料がそれなりで、ここだと年がいっても続けられるかなあ。そう思っただけで」

──オバケが怖いと言われていたのに、霊柩車は、怖くはなかったんですか?

「なかったですね。運転席と棺を置くところとには、仕切りがありますし。それに、お葬式って昼間でしょう」


──まあ、夜中にお葬式するというのは聞かないですね。

「まだ当時は一日に何件もお迎えがあるなんて思うてなかったですからね。多くても、まあ一日3回出動するくらいやろうって。それで給料もらえるなら、いいわって。最初はそう思てましたから」


 しかし、間もなくミズノさんはそれが「甘い考え」だったことを知る。やらなければいけないことは一杯あった。なにより、精神的にもハードである。
 ご遺体をお迎えにいき、部屋に入ると蛆が群がっていたのを目にするのは入社から三ヶ月後。それまでの期間に、電車の飛び込みで首が千切れているなど、日常では目撃しない現場も順次体験した。

「ぼぼほぼ、ぜんぶやってきましたよ。いま(独立して自身で葬儀社を起こしてからも)そういうのをしっかりやれているのは、そこの会社におったからなんですよね。(ご遺体搬送会社は葬儀社の)下請けで、数多くやっていると、どうしてもそういうのに当たる確率も高くなりますから。逆に、独立していまの葬儀屋をはじめてから割合は減りましたね」

──減ったというのは?

「うーん……、どう言うたらいいんやろう。
 昔やったら自宅死亡だと死後半年、一年というのがあったんですが、いまは近隣の付き合いが疎遠なはずなのに、発見が早くなってきている。一週間前後で発見されるのが多くなってきているんです」

──一週間だと、ご遺体が傷み具合は?

「冬であればそんなでもないです。夏でも、クーラーが効いていたりする場合もありますから」

──確認なんですが、ミズノさんはご遺体の搬送会社に入られて、何日目にそういう特殊なケースに出会ったんですか?

「三ヶ月くらいしてからなぁ。それまでに事故とか自殺はありましたけど、蛆虫を見たりするのはそれぐらいしてからですね。だから、ある程度の経験を積んだときでした。

 そのときのことですか?

 ボクらお迎えは(葬儀社の)下請けなんでね、お家に行ったら業者さんがいて、そこでテキパキ動かないと、『何しとんねん!』。もうダンドリが悪かったりすると、『アイツ来させんといてくる』って言われますからね」

──初めて、そういう特殊なケースに出会うと、ショックじゃなかった?

「というかねぇ、もう使命感みたいなもので。もう自分しかおらへんし、(葬儀社の)担当さんに、こちらから、

『〇△さん、(一人なので、ご遺体の足元を持ってもらえませんかという意味で)お願いします』と言いでもしたらエライこと(怒らせてしまいかねない)なんで、ボクらは現場では担当さんのほうから、

『おう、ミズノこっち持ったるから』と言うてもらって、はじめて運び出せる。

 基本的には、お迎えのときはすべてを一人でやる勢いでいかんかったら、相手(葬儀業者)も認めてくれへんのですよ」

──うかがっていると、かなり無理がありそうですが、ご遺体搬送のドライバーは、そうした「自宅死亡」のときであっても一人でお迎えにいくんですか。

「そうです、そうです。一人です。(葬儀社の)担当さんとは現地で合流します。ですから、担当さん次第で、アパートの上階の部屋だったりすると、中を見るなり『俺ちょっとな、用事があるんで下で待っているわ』と言われることもあります。
 ええっ!?ですよ(笑)。
 軽い人ならまだしも、重たい人のときは、さすがにボクも『すみません。手伝ってくださいよ』と言いますけどね。『オレ、臭いがきついのはなぁ』とかブツブツ言われたりすることもあります」

──その場合、警察の検死とかは終わっているんですか?

「終わっています。たまに警察が残っているときもありますが、そういうときは『いま先生(検死の医師)が見てるから、もうすこし待っててや』と言われます。
 こまかく説明すると、ご遺体をどうするかは、事件性があるか無いかなんですよね。事件性があれば、解剖のところに運ぶんですが、無いとなるとそこに置きっぱなしになるんですよ。それもね、ぜんぶが全部そうでもいので、一概には言えないんですが」

──警察が引き上げたあと、ミズノさんのほかにその場に残っているのは?

「葬儀業者とご遺族さんですね。家族の方には『下で待っといてください』と言うて、ボクらはご遺体のどこを持ったらいいか考えるんですよ。というのもね、ご遺体の顔にタオルとかかけてあったら、まだましなほうでね。検死で調べるときには着ていた服とか全部切って、終わったら裸で寝た状態なんです。

 状況によって、運び出し方を考えないといけない。腐敗状況もそうなんですが、重たかったり、死後にお漏らしていたり脱糞していたり、吐血していたり、いろいろありますからね。

 たとえばですけど、蛆がわいたりするまでいっていたら、さすがにボクでもね、ほぼほぼモノとして扱うのに近くなります。
『ごめんね。もうこうするしかないから、我慢してね』とご遺体に手を合わせて、両手両足をもって、シーツの上に乗せて、包んで運ぶんですよ。
 
 もしくは、納体袋を持って行ってたら、それに入れるんですけどね。運んでいる途中にも血が流れ出てくるし、処置は状況次第です。
 病院で亡くなられた場合は、病院のほうで処置してあるんですが、自宅死亡はボクらが全部せんといかんのですよ。

 腐敗がひどいときは、ご家族に『こういう状況なんで、(棺に安置した後)最後のお別れとかどうされますか?』とお聞きします。たいていは、いいです(あきらめます)となりますね。それで、『お父さんには悪いですけど、こういうふうに包ませてもらいますね』とお断りして、お運びします。もう、そういうときには勢いでやるしかないです」

──腐敗したご遺体を目にしたとき、初めてのことでも動揺せずに仕事はできたんですか?

「もうせな仕方ないです。臭いが独特でね。こんな言い方をしたらホトケさんに悪いんですが、もうわるいんやったらトコトン腐敗してくれていたほうが助かります。あきらめがつくというのかなぁ。
 たとえば、体格のいい人がお風呂でなくなっていたりすると、運ぶのも大変なんですよ。80㌔とか百㌔とかの人だと、亡くなるとさらに重たく感じられますから。二人でも、持たれへんくらい。
 
 脱糞とかしているときは、家の人に『これは湯潅されたほうがいいですよ』と言うんですけど、それをするための取っ掛かりの処置をしてあげるのもボクらの仕事です。
 だからボクらに言わせたら、病院のお迎えは幼稚園。自宅死亡は大学院なんです」

──それは仕事の難易度を言い表すと、ということですか。

「そうです、そうです。そういうことです。でね、出血があればその血を拭くんですが、何回も泡みたいに出てくるんでね、とくに口から出てくるのは真っ黒で、もう抱っことかできへんのですよ。

 お迎えのときにはボクら、白衣を着てやるんですけど、たとえば亡くなられた人がC型肝炎とかの病気をもっておられたりすると、うかつには触れない。処置が大変なんですよ。
 
 病院へのお迎えだと、看護士は事前に告知する義務があるというか、ボクらも訊ねることがあります。このあいだなんか、エイズの人をお迎えに行きました。ええ。その日は『エイズの患者さんです』と事前に知らされましたけど。

 マスクと手袋、消毒は必ずします。ただ、自宅死亡になると、そういう病気のあるなしは前もってわからないというか、事前に知らせてもらえないことが多いんですよ。
 だから身を守るためには、これはホトケさんを冒涜するわけではなくてね、そういう対策をしてのぞみます。そうでなくとも、ご遺体には黴菌がすごい繁殖しますからね。処置しているときにも、たとえば指のささくれから黴菌が感染したりすることがありますから。お家の人にも、『お父さんを触ってあげるのはいいんですけど、ちゃんと手は洗ってくださいね』と言います。

 実際そういうこともあって、葬儀の仕事をやろうとする人が、そんなにいないんやないかと思うんですよ。
 あれは、何年か前になるのかなぁ、東京の方で、搬送の人間で感染して亡くなった人もいましたよね。まあ、体力が落ちていたりとか、よほどのことがないかぎりそこまでのことはないんですけど」


──すごく大変な仕事ですよね。なかには働きだしたけど、途中で辞めていくひとも。

「ありますね。こうしてボクが続いているのは、怖いとかいうのも、もうなくなりましたし。何で続いたかと言うと、ひとに認められたいといのがあったからやないかなぁ。
 入社して一年経つくらいまでは、ずっと『おい、ニイチャン』ですから。(先輩や上司から)名前を呼ばれることは、まずなかったんですよ」

──それは現場のキャリアを積んで、はじめて仲間と認識されるということですか?

「そうです、そうです。コイツはモノになるかなぁというときに辞めるのが多いから。『オマエも、どうせ辞めるんやろう』ということなんですよね。まわりも、いつ辞めんやろう、という目で見ているのがね、わかるし。
 ボクは、そういうのに、すっごい反発するタイプでね。ふふ。だから、ひとが嫌がる自宅死亡のときなんかは率先して『ボク、行きます』と言うてましたね」

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この話、づづきます☞ご遺体搬送ドライバーが得るものは?

イラストレーション© KUM
写真撮影©山本倫子yamamoto noriko